副業解禁!人事の業務への影響は?対象社員の社会保険はイレギュラー
複数の企業と労働契約を結んで副業をする社員がいる場合、社会保険・労働保険の取り扱いが特殊です。これまでの公的保険制度に関する法律は、労働者が一社にのみ勤めることを前提としてつくられたものだったため、副業解禁の流れに法整備が追いついておらず課題も多くあります。
これから副業を認める企業においては、人事が現状の法律・ルールがどうなっているのか、それによって起こりうるトラブルや課題は何かを想定しておくことが必要でしょう。

目次
副業する従業員の社会保険・労働保険について通常の手続き・ルールと違う点
保険関係先 | 保険料負担 | |
社会保険 ・健康保険 ・厚生年金保険 |
・加入要件を満たす労働契約を結んだすべての企業で加入 | ・それぞれの会社からの賃金を合算して標準報酬月額を決定 ・保険料は賃金額の割合に応じてそれぞれの会社で按分して納付 |
雇用保険 | ・「主たる」賃金 を支払っている会社でのみ加入 (労働者の受け取る賃金を主に占める会社) |
・「主たる」賃金を支払っている会社が通常と同様の保険料を納付 |
労災保険 | ・すべての企業で加入 | ・通常と同様 それぞれの会社が従業員に支払う賃金に労災保険料率を乗じた額を保険料とし納付する |
社会保険に関する注意点
加入要件を満たすすべての会社で加入、保険料は按分
社会保険(健康保険・厚生年金保険)は、原則として所定労働時間が週30時間以上の労働者が加入対象となります。また、一定の要件(所定労働時間が週20時間以上、勤務期間が1年以上見込まれる、など)を満たすパート労働者も加入対象です。
複数の企業と労働契約を結んで副業をする場合、そのうちの1社でも加入要件を満たせば、その会社の社会保険に加入することになります。2社以上で社会保険の加入要件を満たす場合は、それぞれの会社からの賃金を合算して標準報酬月額を決めます。そして、保険料負担額は賃金額の割合に応じてそれぞれの会社で按分して納めることになります。
【ポイント】副業を行う本人が、年金事務所に届ける書類がある
この場合、「二以上事業所勤務届」を、副業を行う本人が年金事務所に届け出る必要があります。一つの会社の賃金額に変更があると、保険料を分担するほかの会社の負担額が変わる可能性があるため、自社の責任に拠らない事務負担が増える恐れがあります。副業を行う社員に対して、適切に届出を行うように案内をするようにしましょう。(下記より届出書類がダウンロードできます。)
雇用保険に関する注意点
雇用保険は「本業」の会社でのみ加入する
雇用保険は、所定労働時間が週20時間以上の労働者が加入対象になります。複数の企業と労働契約を結んで副業をする場合で、且つ複数の勤務先企業で加入要件を満たす場合は、その人が生計を維持するために必要な「主たる」賃金を支払っている会社でのみ雇用保険に加入することになっています。加入要件を満たす複数社で保険料を分担する社会保険とは異なる点です。
労災保険に関する注意点
すべての会社で加入。給付額は災害の起因となった1社分の賃金に基づく
労災保険は、業務上で生じた災害(業務災害)、または通勤途中で生じた災害(通勤災害)による従業員のけが、疾病、障害、死亡等に対して、療養費の支給や休業期間中の補償をするための保険で、従業員を1人でも雇っている会社は、加入しなければなりません。正社員だけでなく、アルバイト・パート従業員も漏れなく加入対象となります。
労災保険の保険料は、賃金の総額に年ごとに定められた労災保険料率を乗じて算出されます。したがって複数の会社と労働契約を結んで副業をする場合、本業、副業、それぞれの会社が、その賃金に応じた保険料を納めることになります。
労働者にとってのデメリットについて人事が知っておくべきこと
上記のように、労働者が副業、つまり複数の会社に雇用されて働く場合、保険加入の手続き上、1社に勤める場合とは異なる点が出てきます。また、会社側にとってのリスクではありませんが、労働者にとってデメリットが生じる恐れがあります。どのようなケースがあるのか、具体的に解説します。
【ケース1】社会保険
病気やけがで仕事を休まなければならなくなった際の傷病手当金
健康保険には病気やけがの療養のための休業期間に支払われる「傷病手当金」がありますが、1社のみで社会保険に加入している場合、その給付額は健康保険に加入している会社のみの賃金額に基づいて算出されるため、十分な給付が受けられない可能性があります。

【ケース2】雇用保険
失業給付・育児休業給付
雇用保険の給付額は、雇用保険に加入している会社から支払われている賃金額のみに基づいて算出され、副業先から支払われる賃金は計算に入らないため、副業の賃金の割合が大きい場合、十分な給付を受けられない可能性があります。これは、失業給付もそうですが、雇用保険から給付される育児休業給付についても同様です。
さらに、雇用保険に加入している本業の会社を退職したとしても、副業の会社で勤務を継続している場合には「失業期間」とは認められず、失業手当の支給を受けられない可能性があります。

【ケース3】労災保険
休業補償給付
労働者が労働災害でけがを負い、仕事を休まなければならなくなった場合、休業期間中の補償として支給される「休業補償給付」の支給額は、賃金額(原則として直近3カ月の支給実績)をもとに算出されます。アルバイトやパート従業員も加入対象ですから、そうした雇用形態で副業をしている時に負ったけがであっても休業補償給付を受けられます。ただし、その支給額は、「労働災害が起きた会社から支払われる賃金」のみに基づいて算出されます。
【ケース4】労災保険
副業先で労働災害に遭った場合の休業補償
副業をしている時のけがで本業の仕事まで休まなければならなくなったにもかかわらず、休業補償は副業先から支払われる賃金に基づいた額しか給付を受けられない、といった事態が起こりえます。労働者からすれば、十分な給付が得られないということです。
【ケース5】労災保険
本業先から副業先へ移動する際の通勤災害
労働者が本業の会社から副業の会社へ移動(通勤)している時にけがをした場合、通勤災害ということになります。本業先A社から副業先B社への移動は、その移動の終点、つまり「B社で副業するために必要な移動」でえあると考えられ、保険の給付についてはB社の賃金に基づいて算定されることになります。
【ケース6】労災保険
本業+副業で過重労働になり過労死
労働者が本業と副業によって過重労働になり、過労死してしまった場合が考えられます。このようなケースでは、災害がどちらに起因しているかの判断が非常に難しくなります。しかし現状では原則として、「起因となった1社」を特定し、その賃金に基づく給付額が支給されることになります。

社会保険・労働保険がこのような仕組みであることを、副業をする社員自身が自分の責任において知っておくべきなのは前提ですが、もし副業解禁するのであれば、人事としても仕組みをしっかり把握しておいて、可能であれば、副業をする社員に対して会社から考えられるリスクについて説明しておくことが望ましいでしょう。
まとめ
働き方改革で副業・兼業が推進されている一方、そうした働き方を支えるべき法律・制度面の見直し・改正は追いついていない状況です。副業をする労働者が安心して副業できる、あるいは、副業を認める企業や副業として雇う企業がトラブルに遭わないような環境整備が期待されています。